2026/01/28
あらゆるスポーツには「線引き」が行われる。体格、年齢や競技レベル、障害の種類や程度、そして性別や国・地域。線引きをすることで競い合う意味が生まれ、スポーツの魅力を増幅させているが、ときにはさまざまな議論や葛藤を引き起こしているのも事実だ。
そこで、「スポーツってなんだろう?」をテーマに3人の東京2025デフリンピック金メダリストが語り合う、トヨタイムズスポーツ×Numberのスペシャルトークショーが東京ミッドタウン日比谷1Fアトリウムにて1月23日に開催された。
今回のトークショーは、2025年に活躍したアスリートをスポーツ雑誌『Number』が表彰する「Number SPORTS OF THE YEAR 2025 presented by TOYOTA」を前に、東京ミッドタウン日比谷の同じ会場で開催された。
場内では聴覚障害のある方々にも楽しんでいただけるよう手話通訳者が参加し、さらにアイシンが開発した音声認識システムYYSystem(ワイワイシステム)により、登壇者の発言がスクリーンに即時テキスト化されて表示された。
そんなトークショーに参加したのは、円盤投の湯上剛輝選手、デフバスケットボールの若松優津選手、デフ水泳の茨隆太郎選手。3人は困難な環境やハンディキャップを乗り越えて己の限界に挑戦し、多くの人に勇気や感動を与えたアスリートとして、Number SPORTS OF THE YEAR に特別協賛したトヨタ自動車とNumberで新設した「Challenge Spirit賞」を受賞。
Deaf(デフ)とは「耳が聴こえない、聴こえにくい」の意味。聴覚障害のあるアスリートには、4年に1度の国際大会であるデフリンピックが用意されており、湯上選手らは金メダルを獲得している。メダルを首にかけた3人がステージに登場すると、会場から大きな拍手が送られた。
ひとえに聴覚障害といっても、程度やコミュニケーション方法は人それぞれ。茨選手は高校まではろう学校に通って手話を学んできており、普段は手話でコミュニケーションを取っている。この日も手話通訳者を介してトークショーに参加していた。
ほかの2人は手話は使わず、湯上選手は人工内耳を着用して会話をしている。若松選手は補聴器などを付けず、声で生活しているが、相手の口元をよく見ることで言葉を読み取っているそうだ。
今回のトークショーのきっかけとなったのは、湯上選手が東京デフリンピックの直前に、自身のSNSであるnoteに投稿した内容。「存在意義について考えた話」と題し、こんなメッセージを発信していた。

【湯上選手のnote(抜粋)】
ろう文化や手話の世界は、確かに豊かなアイデンティティとコミュニティを持ち、ろう者としての誇りを育む場です。一方で、人工内耳を装用し、口話を通じて健聴者に近い環境で育ってきた僕にとって、その文化は親しみつつも、どこか完全に自分のものとは異なる感覚がありました。
かといって、健聴者の世界に100%溶け込むわけでもなく、自分の立場ってなんやろなあとも感じることも少なくはありませんでした。
消化するのには時間はかかりましたが、この『どちらでもない』という場所こそが、僕のアイデンティティであり、存在意義なのかもしれないと思うようになってからは、気持ちがスッと軽くなったように感じます。
『聴覚障害者=こうでなければならない』という枠にとらわれず、また、価値観や考え方を押し付けるのではなく、多様な生き方や選択肢があることを示せたらいいのではないか?と思うようになりました。
その時の想いについて、湯上選手は振り返った。
「実際に僕が生活をしてきたのは、健聴者に近い環境だったんです。2017年のトルコのデフリンピックの時に、ろう文化や手話に初めて触れたんですけど、自分の今まで生きてきた環境とはまた違うものがありました。かといって、健聴者の世界に入った時に僕は聴覚障害者として見られるので、自分って中途半端な存在だなってずっと思っていたんですね。
で、いろいろ考えていた結果、その中途半端でいいんだと。どちらでもない世界こそが僕のアイデンティティなんだという考えに落ち着きました。その想いを、こういう考えの人もいるんだよと発信したくて、書かせていただきました」
スポーツとデフスポーツの「線引き」がある中で、湯上選手はデフリンピックを機にデフスポーツの世界に足を踏み入れた。茨選手と若松選手も、2つのスポーツの世界を行き来してきた。
茨選手は3歳からスイミングクラブに通い、耳が聴こえる人たちと一緒に練習してきた。「口の形を大きくしてわかりやすく説明してもらったり、コーチが全体に向けて話した後に僕のために要約して伝えてくれたり、さまざまなコミュニケーション方法をお互いに工夫してきました」と語る。
若松選手は、小学校1年生の時に聴覚障害が判明し、バスケットボールは健聴者と一緒にやってきた。
「デフに入る機会はあったんですけど、自身の障害を受け入れられず、補聴器をつけるのが恥ずかしいとか、私は普通に会話できるのにとか思って、拒んでいた部分があったんです。それを受け入れられるようになって、3年前にデフバスケットの世界に入った時に、みんなが手話でコミュニケーションをしてくれたんですね。そこで初めて、今まで私が拒んできたものって何だったんだろうって。同じように苦労した仲間がいて、こんな素晴らしい世界があるんだったら、もっと早く飛び込めばよかったなと思いました」
今回のトークの核となるテーマは、スポーツの世界で「線を引く」ことについて。
昨年の世界陸上にも出場し、健聴者の日本記録を持つ湯上選手は「スポーツの世界で線を引くというのは、ルールとかのことですよね。円盤投もサークルという投げる場所があって、有効エリアに投げましょうというルールの中で、アスリートはいい結果を出すためにパフォーマンスをしているわけで。スポーツにおいて線引きをするのは、スポーツの魅力を引き立たせるのに必要になってくると思いますね」と話す。
また、「世界陸上は、記録や自分の限界に挑戦してきて、トレーニングしてきた成果をぶつける舞台だと捉えていたんです。一方デフリンピックは、同じような聴覚障害のある人たちに、自分にも可能性があるよということを伝えたいという想いで参加したので。競技会という面では一緒だけれども、かける想いは少し違ったりしますね」とも語った。
26個のメダルを獲得してきたデフスポーツ界のレジェンド・茨選手は、聴こえる人たちとの試合と、デフの試合に臨む、気持ちの違いについて説明した。
「たとえば聴こえる試合に出る時には、ピストルの音は聴こえませんので、スターターの方に顔を向けて緊張感を持たなければいけないんです。試合が始まる前に召集所で呼ばれる時も、何コースですかというのを何度も聞きに行って確認しなければいけない変な緊張感があります。デフリンピックの場合には召集所から手話でコールされますし、試合の時にもスタートランプに光がついて、落ち着いてスタートすることができます。そういった情報保証があることによって、記録にも違いが現れる選手が多いと思います」
線を引いて戦った舞台で勝ち取った数々のメダル。その価値について茨選手は「これまで水泳を続けることができたのは、記録というよりも、いい環境でできたから。小さい頃は、僕に対する理解がクラブのコーチにあったからこそ続けてこれましたし、大学でも4年間続けさせてくれた。僕が速くなるためにどうしたらいいのかを考えてくれた周りのサポートのおかげで、今のタイム、今の自分があります」と語る。
デフバスケ女子日本代表のキャプテンとして初の金メダル獲得に貢献した若松選手は、チームスポーツならではのコミュニケーションの大切さについて語った。
「バスケットは流れの速い展開の中でコミュニケーションを取らないといけないので、それが難しい課題ではあります。健聴者の中で私がバスケットをやっている時は、チームメートにも理解をしてもらってサインを出して伝えてもらい、周りの人の協力があってできたというところもあります」
デフバスケは、音を伝えられないという制約が、ルールとして全選手に明確に課された競技でもある。若松選手は「みんなが聴こえないという同じ環境の中でデフはやるので、その中で同じ質のコミュニケーションをどのように取っていくかは本当に難しいところなんですけど、そこがデフバスケの魅力かなと思いますね」と説明する。
トークショーの総括は、「スポーツってなんだろう?」という問いに対する、3人それぞれの想い。フリップに書いたのは、茨選手が「繋がり」、若松選手が「人との出会いとつながり」、湯上選手が「架け橋」と、共通項の多い回答だった。
茨選手は「それまでは水泳をあまり好きじゃなかったんですが、2005年のメルボルンデフリンピックで先輩が金メダルを獲った姿を見て、自分も同じようになりたいという夢ができました。クラブでコーチや仲間が集中できる環境を作ってくれて、会社や家族、たくさんの方々に支えてもらっている『繋がり』があったからこそ、スポーツをやれていると思います」と話した。
「スポーツがなかったら、私はデフの世界に入ることもなかったと思います。デフとか健聴者とか関係なく、スポーツがあることで人がつながれる。スポーツを通じて出会うことができた人もたくさんいるので、本当にこれ(人との出会いとつながり)に尽きます」と若松選手。
湯上選手は「今回のnoteでも触れたんですけども、自分の存在意義を考えた時に、健聴者とデフの世界をくっつける『架け橋』的な存在になれるんじゃないかと思ったんです。健聴者の人が『湯上が記録を出したから俺も頑張るぞ』、デフの方が『僕たちも可能性があるんだ』と感じてもらえたら」と語った。
MCを務めた森田京之介キャスターは「いろんな出会い、つながりを生んでくれる。それがスポーツの場なのかなと、皆さんの話を聞いて思いました。多様性と言われる時代で、スポーツには公平である姿勢がいっぱい詰まっていると思いますし、皆さんが公平の世界で戦った結果の金メダルが、すごく誇らしく見えました」とまとめ、トークショーは盛況のうちに終了した。
トークショーの模様は、トヨタイムズスポーツのアーカイブで見ることができる。
トヨタイムズスポーツの通常放送は、毎週金曜日11:50からYouTubeで生配信している。次回(2026年1月30日)の特集は、「トヨタのモータースポーツ 誰でもわかる20分解説!」。サーキットでのレースや国内外でのラリーの魅力について、モータースポーツにあまり興味がない人にもわかりやすく、まとめ解説をお送りする。ぜひ、お見逃しなく!
湯上剛輝