2026/08/22

【特別企画】人はどんなときに熱狂するんだろう? 夏の甲子園で語り合うスポーツの力


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夏、真っ盛り。


今年もさまざまな競技が、さまざまな場所で、夏の暑さにも負けない熱戦を繰り広げている。


…と、ここまでで何の話かピンと来た人は、かなりのトヨタイムズ通。この導入は、昨夏のトヨタイムズスポーツ特別企画「夏の甲子園が教えてくれたこと」と全く同じ。


ということで、2026年も森田京之介キャスターが甲子園球場にやってきた。


全国高校野球選手権大会(以下、夏の甲子園)は、本記事掲載の前日、18日間にわたる熱戦に幕を下ろしたばかり。まだまだ余韻冷めやらぬ読者も多いかと思うが、8月26日からは社会人野球の「都市対抗野球(同、都市対抗)」が始まり、硬式野球部レッドクルーザーズは30日に初戦を迎える。


そして、何といっても今年はアジア競技大会(同、アジア大会)が9月19日に、アジアパラ競技大会が10月18日に、それぞれ愛知・名古屋を中心に開幕する。


トヨタイムズスポーツでは「熱狂しよう」をテーマに、毎週の放送内でも大会の盛り上げを図っているが、“熱狂が生まれる場所”といえば高校球児たちの聖地を欠かすことはできない。


今回森田キャスターとともにトークを繰り広げるのは、元レッドクルーザーズのエース、佐竹功年 野球部副部長と、侍ジャパン社会人日本代表としてアジア大会にも出場する福井章吾 選手。


土庄高校(現・小豆島中央高校)時代に甲子園を目指した佐竹副部長。大阪桐蔭高校時代に選抜高等学校野球大会(同、春の甲子園)を制した福井選手。そして甲子園が人生の大きな転機となった森田キャスター。(何がどう転機になったかは、昨年のトヨタイムズスポーツ特別企画参照)


三者三様の立場から「熱狂」をテーマに語り合った、その模様をお届けする。(取材日は準々決勝が行われた8月18日。以下出演者の敬称略)

(左から)佐竹副部長、福井選手、森田キャスター

(左から)佐竹副部長、福井選手、森田キャスター

【ここからクロストーク】実は去年も来ていました


森田

去年トヨタイムズスポーツで、初めて甲子園で特別企画を実施しました。


チームとしては夏の甲子園に出たけどネクストバッターズサークルで敗退してしまった、パラ陸上やり投げの高橋峻也選手。春の選抜には出たけど夏の甲子園にはたどり着けなかった竹内大助さん。それから、夏の甲子園をきっかけにアナウンサーを目指したけれども、甲子園実況の夢は叶わなかった私。甲子園が人生に何らかの影響を与えた3人ということでトークをしました。この場所があったからこそ感じた想いとか、ここで得た経験がその先の人生にどう影響を与えたか、みたいなことを話しました。

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聞けば当時同じ日に、朝日新聞さんの別の取材で、ここにトヨタアスリートがもう1人いたと。


佐竹さん。


佐竹

呼んでもらえなかったんで(笑)。


森田

いやいや違います。


佐竹

違う?


森田

たまたま。あとで聞いたら「え、いたの?」みたいな。それは社会人野球を引退したのを機にそういう話があったんですか?


佐竹

朝日新聞さんに早稲田大学野球部の後輩がいて、「コラムをやっているので書いてほしい」と言われて。


森田

“ミスター社会人野球が見る高校野球”みたいな。


佐竹

記事の内容忘れましたけど、そんな感じ。


森田

そういう内容でしたよ(笑)。


ということで、今年は、ちゃんとお呼びして我々の企画に参加してもらいました。


そしてもう1人。今トヨタの野球部で副キャプテンを務めている、福井選手にも来てもらいました。福井選手は都市対抗野球を控える、めちゃくちゃ大事な時期にわざわざ来てくれました。ありがとうございます。


福井

ありがとうございます。

森田

佐竹さんは去年の前は、甲子園はいつぶりだったんですか?


佐竹

僕の記憶では、中学3年生の夏以来です。


森田

28年前。


佐竹

もう、年取りすぎて何年前かも分からないですけど(笑)。


森田

1998年。


佐竹

そう98年。松坂(大輔さん)世代のときですね。


森田

80回の記念大会のとき。見た試合を覚えていますか。


佐竹

まずは地元の尽誠学園と春の選抜で準優勝した選抜で関大一高(関西大学第一)の試合を見ました。でもメインは翌日の横浜高校の松坂大輔投手(当時)。親父が「見に行こう」と言ってくれたので「行きたい」って観に行きました。


森田

何を感じたんですか?


佐竹

僕はまだ中学3年生だったので、単純に「松坂すげえな」が1番だったかなと思います。


森田

自分と世代の近い、この先進学する高校生がやっている野球は、佐竹少年の目にはどう見えたんですか。


佐竹

やっぱり憧れですよね。特に僕なんて(地元が)田舎なんで、プロ野球とか社会人野球って身近にない地域。何かにつけ、とりあえず甲子園ですね、野球している子たちは。僕の地元はもうほんと野球熱がめっちゃ高いんですよ。


森田

小豆島。


佐竹

そうです。過去に1回だけ小豆島高校っていう、僕の出身じゃない高校が、(選抜の)21世紀枠で出たとき*は、多分ありえないぐらいの人が(甲子園に)行ったと思います。

*2016年、小豆島高校(現在は土庄高校と統合して小豆島中央高校)が春の甲子園に「21世紀枠」で初出場を果たした。


街から人が消えました(笑)。


森田

(笑)。本当に、それぐらい甲子園は地元の応援を受ける特別な場所ですね。


佐竹

そうですね。僕も高校3年生のときに春の県大会で優勝して、ちょっと、(甲子園が)見えてきていた。


これは行けるんじゃないかと。島も盛り上がったんですよ。それで、ものの見事に3回戦敗退。

土庄高校のエースとして活躍した佐竹副部長

土庄高校のエースとして活躍した佐竹副部長

森田

そのときは、どんな感情になったんですか。


佐竹

あんまり調子も…やっぱり春投げすぎて上がってこなかったというのはあったんですね。当時僕は、いつもフェリーで(試合会場に)行っていたんですけど。


森田

試合に行くにはフェリーで島を出なきゃいけないんだ。


佐竹

はい。フェリーの中でうどんを食べて。


森田

おお、香川らしい。


佐竹

絶対食べるんですよ。そのうどんを7回裏ぐらいに全部ベンチのバケツに戻した。もう暑過ぎて、それぐらい気持ち悪かったです。


森田

ずっと1人で投げていたんですか?


佐竹

僕しかいなかったんで。何があっても、多分20点取られても僕でした。


森田

土庄高校。今は学校名が変わっちゃったんですね。


佐竹

小豆島中央高校ですね。(2017年に)小豆島高校と統合しました。


なので結局僕らの高校は1度も「土庄高校」という校名では甲子園の土を踏んでいません。


森田

負けたあと、行きたかった甲子園はテレビで見ました?


佐竹

僕の代ですか? 見ていました。


森田

それはどういう想いで見ていたんですか。もう観客目線ですか?


佐竹

そうですね。結局負けて思ったのが、目指すのが失礼なぐらいのチームでした、僕らは。口では「目指せ甲子園」とか、春の県大会を優勝したんでちょっと色気が出ていましたけど、実際やってみたら、僕らが軽々しく「甲子園目指す」とか言っちゃダメなんだなって思いました。

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涙の真意は?


森田

なるほど。一方で甲子園出場は当たり前の学校にいて、優勝までしたのは福井選手。福井選手は(春夏)合計何回出ました?


福井

3回行きました。2年春と3年春・夏です。


森田

うち、優勝したのは?


福井

3年の春1回。大阪対決の決勝戦です。


森田

履正社と大阪桐蔭の対決。その選抜の優勝インタビューを見ましたけど、履正社にはリベンジだったんですか?


福井

そうです。秋に大阪大会で負けて。履正社はそのまま勝ち上がって、近畿大会も勝って、神宮(明治神宮野球大会)も優勝したんですよ。そういう経緯があって、世間では「大阪は履正社の時代になった」ってなっていたんで「やっつけないと」という話をしていました。


森田

そうしたら決勝で当たった。


福井

それも組み合わせが…。履正社は(初戦が)初日だったんですが、僕がキャプテンで(組み合わせ抽選を)引いたんですけど、クジ運が悪くて32番を引いたんです。1番最後。


僕らの初戦が履正社の2回戦と同日で、(それから)準々決勝まで、ずっと履正社と同じ日に1つ遅れの試合をしていました。ずっと「履正社が負けるまで負けられない」って、やっていました。


森田

しかも福井選手はキャプテンとして初めての甲子園で頂点に立った。頂点の景色はどうでした?


福井

初めてキャプテンをやって報われました。苦しい時間ばっかりだったんで、初めてあの瞬間に「やっていて良かったな」と思えました。優勝旗をもらった瞬間は本当にうれしくて(球場を)1周したんですけど、人生で1番いい筋肉痛を経験しました。


佐竹

ああ、分かる。めちゃくちゃ重たい。優勝旗の重さ、分かる。


森田

持ったんですか?


佐竹

僕は社会人になってから。


森田

物理的にも重いわけですね。


選抜を優勝して、当然夏は大本命なわけじゃないですか。みんなが打倒大阪桐蔭で来る。その中で、甲子園の舞台まではたどり着きました。この夏の大会はどうでした?


福井

ちょっと慢心はしていました。

3年夏の大阪大会を制し、甲子園へ駒を進めた福井選手。ご家族との記念写真

3年夏の大阪大会を制し、甲子園へ駒を進めた福井選手。ご家族との記念写真

福井

ずっと負けていなかったんで。公式戦26連勝して負けを忘れていたんで「大丈夫だろう」ぐらいの気持ちで挑んで、結局3回戦で負けてしまいました*。

*2017年の夏の甲子園3回戦、大阪桐蔭は仙台育英と対戦。8回に1点を先制するも、9回裏にセンターオーバーのタイムリーヒットを打たれサヨナラ負けを喫した。


森田

今年の『熱闘甲子園』(朝日放送テレビ)のオープニングに泣いているシーンが出ていますけど、あのシーンは覚えているものですか。


福井

正直あんまり覚えてなくて。でも、打球がセンターを超えていくのと、ベンチで監督がタオルで顔を拭っている姿を見て、ああいう涙が出ました。ただ、あれは悔し涙よりも、ちょっと解放された、もう背負わなくて良くなった瞬間の涙という実感が自分の中ではあって。泣いたというか、「もういいんだな」って。けっこう演じてたんで。


森田

キャプテンを?


福井

キャプテンを演じていました。解放された方が強かった涙でした。


森田

福井選手にとって3回出た甲子園をトータルで振り返ったときはどうですか。


福井

やっぱり目指すべき場所は間違っていなかったっていうのは感じましたし、大学、社会人と野球をやってきましたけど、これだけ人が入る場所って甲子園以上にはないと思うんで、やっぱり憧れの場所。これって(一言で)言い切れないですけど、本当にいい場所でした。ちょっとまとまらないです。


森田

福井選手が甲子園に来たのは?


福井

その2017年8月19日に負けて以来です。


1回も来てないです。引退が決まった、負けた次の日からは1回も見てないんですよ。悔しくて。

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森田

佐竹さんは(甲子園を)見て、「俺たちが行くところじゃなかったんだな」って言っていましたけど、福井選手は悔しくて見ていない。


福井

僕は見ていないです、一切。見たくなかったです、あのときは。


佐竹

これが違いなんですよ、やっぱり。甲子園が憧れの場所だったところと、当然行って勝つべきところの差です。でもそういう人って多いです。負けたあとに悔しくて一切見ない人。

人生で1番熱狂した瞬間は?


森田

そこから次のステージへということなんですけど、今日はテーマを1個考えました。「人はどんなときに熱狂するんだろう」。


なぜこんなテーマにしたかというと、福井選手は都市対抗もありますが、そのあとにアジア大会の日本代表として、侍ジャパンに選ばれています。我々は、このアジア大会、アジアパラを、トヨタイムズとして「熱狂しよう」と掲げています。


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その心は、無観客だった東京オリンピック、パラリンピックにさかのぼります。ここでトヨタイムズスポーツが始まって、(当時は)無観客だったなとしか思っていなかったんですが、パリのオリンピック・パラリンピックを取材したときに、観客がいっぱいいて、めちゃくちゃ熱狂していたんですね。すごいなっていうのと同時に、これが東京で感じられなかったのかという悔しさも感じました。


だから、久しぶりに日本で大きなスポーツの国際イベント、アジア大会、アジアパラがあるという中で、もう1回ここで日本が熱狂する場所になれたらいいな、なってほしいなと感じて「熱狂しよう」というテーマを掲げました。同時に「人はどういうときに熱狂するんだろう」という問いも立てました。


熱狂するには、いろんなシーンがあると思います。スポーツだと分かりやすいのは、普通の人ができないような超人技が出たとか、記録が出たとか、「あんなところまで打球が飛ぶの⁈」、「あのボールを捕れるの⁈」、「球速160キロ投げられるの⁈」とか。そういうところに熱狂する。


その熱狂が詰まっている場所が、甲子園なんじゃないかなということで、今日は「熱狂って何だろう」「人はどういうときに熱狂するんだろう」というのを、この場に立っていろいろなことを感じた人(福井選手)、目指していろいろ感じた人(佐竹副部長)と、もしかしたら高校野球の先のステージでもっと強い熱狂を感じたかもしれないってことも含めて、そんな話ができればなと思っております。


まずは、月並みな質問ですけど、人生で1番熱狂した瞬間は、いつですか?

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佐竹

難しいな。プレーしているときは、ないかもしれないです。


あまりテンションは変わらない。どっちかっていうと、熱狂って見ているときにするから。プレーしているときは、どの大会でも、もう一生懸命やっているので。


森田

その「見ているとき」は自分のチームでもなく、ほかの人、ほかのプレーでも?


佐竹

そうです。それこそWBC(ワールドベースボールクラシック)で、イチローさんが最後にタイムリーヒットを打ったときとか。当時(レッドクルーザーズは)オープン戦中だったんですけど、ベンチ裏ではみんな携帯で試合を見ていました。


森田

でも佐竹さんも勝ったときとかガッツポーズするじゃないですか。


佐竹

演じてます。インタビューも含めて。前日から半分イメージ通りなんです。


森田

何か燃えたぎる、熱いものが出ちゃったって感じじゃないんですね。


佐竹

そういうのって三振取ったときとかは自然に出ますけど。


森田

沖縄電力戦*のような?

*2024年、佐竹副部長が現役引退を表明して臨んだ都市対抗野球1回戦。試合は9回2アウトから登板し、無失点で抑えた後、チームがサヨナラ勝ちを収めた。佐竹副部長にとっては最後の勝利。


佐竹

沖縄電力戦もすみません、ガッツポーズのところは演じてます。

沖縄電力戦、ピンチをしのぎ、ベンチに戻る佐竹投手。このガッツポーズは狙ってやっているそうだ

沖縄電力戦、ピンチをしのぎ、ベンチに戻る佐竹投手。このガッツポーズは狙ってやっているそうだ

〈しびれる場面で登板した佐竹投手最後の登板はこちら


森田

じゃあ、そこにヒントがあるかもしれない。演じられるときと演じられないときの差があるわけで、それは何ですか?


佐竹

そこは一瞬じゃないですか? 先がどうなるか分からない、僕だと三振取ったときです。自然に出るのはそこしかないです。外野フライとかだと、打った瞬間に「まあ取るだろう」って(打球の行方を)見ているんで。自然と出るのは、多分瞬間しかないと思います。


沖縄電力戦のときも、ベースカバーに入るまでは間があるので、その間に落ち着いている自分がいる。ファーストが捕った瞬間に、あとはトスを受け取って、ベースを踏むだけ。ここからはもう自分の、もうやりたいように(演じる)。


森田

じゃあ、その「熱狂」っていう、言葉の定義みたいなところを考えると、我を忘れてみたいなことがあるのかなと思うんですけど、あんまり我を忘れてはいないんですか?


佐竹

どっちかっていうと、プレーヤーって熱狂させるほうじゃないですか。熱狂してもらうために、一生懸命やっている。だから大勢の人が見に来るんだと思うし、テレビで見るんだと思うんです。

森田

普通の人は感じられない、都市対抗を初めて制した2016年、あの満員の東京ドームの熱狂している人たちの真ん中に立つというのはどんな気分ですか?


佐竹

ちょっと福井の最後の夏に似てますね。解放されたんです。それまで日本選手権を4回か5回ぐらい優勝していました。最初に日本選手権を制したときは、本当に社内も含めてめちゃくちゃ喜んでくれました。ただ2回、3回と勝っていくうちに「都市対抗で勝てよ」という空気を、ひしひしと感じながら、2009年は決勝に行ったけど勝てなくて。16年は自分が投げるじゃないですか。勝手にいろんなものを背負って投げているんですよ。


だから、勝ったときには解放されました。


森田

周りが熱狂する中で自分が味わっていたものは解放感だった。


佐竹

僕が1番、熱狂というか感動したのは、2019年の初戦で沓掛(祥和)が逆転満塁ホームラン打った試合。9回、逆転したあとからマウンド立つんですけど、あのときの、ちょうどブルペンで投げ終わってベンチから出ていく瞬間、アナウンスが「ピッチャー佐竹」って言ったときのスタンドの湧きはすごかったです。野球をやっていて、あれ以上はないです。


それこそ沸いたというか。あのときの鳥肌はすごかったです。


森田

奮い立つものがありました?


佐竹

はい。本当に応援って我々に力を与えるんだなって、初めて感じたかもしれないです。


森田

そのときは「イケるな」って思えるんですか?


佐竹

いや、ちょっと違う感情ですね。自分のためじゃなくて…。


もともとあまり自分のために野球をやりたいわけじゃないんですけど、「これだけの人がこうやって期待してくれてるんだ」というのがあったので、そこに応えようと必死になったかもしれないです。


トヨタイムズのオリンピック取材に近い話で言えば、我々も2020年の都市対抗を無観客でやりました。「試合します。観客はいません」となったときに、当時よく藤原(航平)監督が言っていたのは「俺たちなんのためにやってんの」。いつも言うんですよ。

藤原監督

藤原監督

(お客さんに)見に来てもらって、感動させたり、共感したりっていうのがスポーツなので、東京オリンピックもそうですけど、無観客でやることで、テレビの向こう側では感動してくれている人がいるかもしれないですけど、やってる僕らは、寂しいというか…。

応援熱叫シート


佐竹

そういう経験をして、まずお客さんが来ることに感謝の気持ちはもちろんあるんですけど、我々のような事業チームが立ち上がった*中で、どうやって来てもらった人に熱狂してもらうか、それこそがスポーツの価値だろうっていうのはあります。

*佐竹副部長は現役引退後、野球部の事業チームの一人として集客やグッズ販売も担当している。


もちろん1番は、グラウンドで表現する選手たちが熱狂させることが、いい薬というか、きっかけだと思うんですけど、それ以外のところで(プレーしない)我々がどうやって熱狂させるかというところで、今回の都市対抗で「応援熱叫シート」というのを企画しました。


森田

「応援熱叫シート」、聞いていますよ。すごくいい企画だなと思いました。めちゃくちゃ声出していいんですよね。


佐竹

声出していいです。


僕も都市対抗に何度も出ていて、決勝でJFEスチールさんとか日立さんと戦うと、声の圧力がすごいんですよ。


六大学野球でもそうなんですけど、明治大学とかはすごく声が出ているんですよ。迫ってくるような応援があって、(早稲田大学時代)それにプレッシャーを感じた記憶もありました。だから都市対抗でも声なんですよ。音楽でも手拍子でもなく。


甲子園もすごいですよね、声が。


あれをどうしても(都市対抗野球でも)つくりたくて。トヨタは例年、良い人が多いので、行儀良く見ている方が多いんじゃないかっていうのもあって、今回は応援を熱叫騒ぎにしようとチャレンジしています。立ち上がって声を出す前提で。


森田

素晴らしい取り組みです。それはやっぱり佐竹さんが、熱狂というもののパワーを知っているからこその取り組みということですね。


佐竹

現地現物で、ピッチャーとして1番応援のプレッシャーがあるのは声なんです。それを応援団に伝えて、いろいろ話し合いました。こちらの熱“きょう”は“叫ぶ”方です。“狂う”ではなく。

甲子園の“魔物”


森田

福井選手は1番熱狂した瞬間というのは?


福井

やっぱり甲子園で優勝したときは、大阪対決だったので満員でしたし、さっき話したように、いろいろ抱いていた想いもあったので1番喜べました。心から「よっしゃー」って気持ちになれたのは、あの瞬間だと思います。


今でも映像見たら思うんですけど、優勝が決まってみんながマウンドに集まるとき、もう誰も気を遣うことなく集まったんです。足を踏まれたりもしたんですけど、そんなことも忘れるぐらい嬉しかったのは、あの瞬間が1番かなって思います。


森田

その熱狂の正体をもう少し深掘ると、何に対しての熱狂なのか。自分たちが積み重ねてきたものが報われたことなのか、応援してくれた熱量なのかっていうのはどうですか?


福井

(試合)後半って、どんどん雰囲気が変わってきます。前半のホームランと後半のホームランって、同じホームランでも歓声が違うと経験上思っていて、その決勝戦は僕たちが3対0でリードしていました。ですが8回裏、一気に3点取られて、初めて甲子園が生きていると思ったんですよ。


バックネットの方からゴーっとうなりのようなものが起こって、どんどんヒートアップしていって…。もう観客が一球一打に声をあげて、追い込んでからもボールになるだけで「おぉ」みたいな。


そういう雰囲気に、最後は後押しされて、(勝った瞬間に)全部放たれたみたいな。そんなイメージです。


森田

どんどん溜まって、放たれた。


福井

1回戦から勝ち上がっていくにつれて溜まっていくので、決勝戦の9回とかはものすごい。


森田

その大会のすべてが詰まった状態がそこに。


福井

観客も最後なので声を出すし、心動かされる。それが決勝戦であり、優勝の瞬間かと思っています。

甲子園球場には春と夏の歴代の優勝校が刻まれたプレートが展示されている。大阪桐蔭の名前も

甲子園球場には春と夏の歴代の優勝校が刻まれたプレートが展示されている。大阪桐蔭の名前も

森田

佐竹さんは、プレーしているときは実は冷静で、いろんなことを考えているとおっしゃっていました。福井選手は、キャッチャーというポジションで、ある意味冷静じゃなきゃいけないところ。そこについてはどうですか?プレーしているときに熱くなって我を忘れるみたいなことはありますか?


福井

守備ではないですね。打席ではめっちゃあります。


福井

これは僕が勝手に思っていることなんですけど、人生で5回ぐらいゾーンに入ったことがあるんですよ。この前の岡崎で打ったタイムリー*も、気づいたら一、二塁間にいました。記憶がないんです。

*2026年6月にあった都市対抗野球大会 東海地区2次予選・第2代表決定戦、レッドクルーザーズは2点ビハインドの9回無死1塁、福井選手が代打で1点差に迫る適時二塁打を放った。チームはこの回同点に追いつき、延長10回サヨナラ勝ちで本選出場を決めた。


何年かに1回ぐらいのレベルで、打った瞬間を覚えていない、気づいたら走っている、一塁ベースの前にいる、みたいなことがあります。中学生のときに初めてゾーンに入ってから、これまで何回かだけあるんですが、そのときは我を忘れています。


森田

熱狂しているかもしれない。


福井

熱狂していると思います。

森田

スポーツってそうやって熱狂する、我を忘れる瞬間があるし、佐竹さんは周りの熱狂をすごく感じています。福井選手は六大学野球でも社会人でも大きな舞台を経験しています。


熱狂の熱みたいなものは、ステージが変わるごとに変化することはありますか? 甲子園で感じた熱と、東京ドーム、神宮球場で感じた熱は違うものですか。


福井

違いますね。カテゴリーが上がれば上がるほど、熱が冷めていく感じはあります。


高校野球が1番ガチャガチャしていて、早慶戦はなかなか入るんですけど、大学生になって、ちょっと大人になっている感じです。


森田

見ている人たちも?


佐竹

甲子園って(学校を)応援しているのはアルプススタンドじゃないですか。ほかの人は、みんな(高校野球の)ファンなんですよ。


でも早慶戦とかは、早稲田大学を応援する側と慶応義塾大学を応援する側がいる。社会人もそうなんですよ、基本的には。そこは違うと思います。


森田

そういう意味では、(観客席の)真っ二つ感は、大学・社会人の方があるかもしれない。


佐竹

さっき福井が「生きている」って言ったのは、まさしくそうで、負けている方が追い上げてくると、そっちを応援するファンがいっぱいいる。


森田

球場全体がそうなっちゃうんですよね。

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佐竹

そういうところから“甲子園の魔物”って生まれるんですよ。僕ら(大学・社会人)は多分どれだけ追い上げられていても、自分たちを応援します。どちらを応援するかはっきり決まっている。


そこがこの独特な空間。それって甲子園だけじゃないかと。プロ野球でも分かれていると思います。


森田

佐竹さんは「社会人野球は大人の甲子園」「大人が本気で喜んで、泣いて、そういう魅力が社会人野球にはある」と言っていたじゃないですか。そこについてはどうですか。


佐竹

そう思っています。ただ今は残念なことに、さっきも言ったように、応援する目的がある人しか来ていない気がしています。社会人野球ファンはまだ少ない。


僕は本当に甲子園ぐらいの魅力はあると思っていて、だから今目指しているところは、甲子園です。


勝手に人が集まる。僕らが「頑張って来てください」とか声かけしなくても、勝手にチケットが売れる。それが目指すところです。

熱狂のカギはストーリー?


森田

熱狂することは、大人になるほど薄れてくる。「童心」とか言うじゃないですか。何も考えずに楽しめるのは、子どものほうが得意で、大人になって「でもこれはこういうことだしな」と、いろんなことが分かるほどに、冷静になってきちゃう部分があります。けれども、そんな大人たちが熱狂するために必要なことは何だと思いますか?


福井

なぜ大人になると薄れていくか、子どものころほど盛り上がれるか、少し考えたんですが、その背景みたいなところが大事かなと思います。


例えば「○○高校、甲子園初優勝がかかっています」となるだけで、たぶん高校野球ファンは応援したくなるじゃないですか。


僕が今熱狂するパターンって、例えば怪我をしていた選手がめちゃくちゃリハビリを頑張って、東京ドームのマウンドに上がり、そこで抑える。すごく感動するし「あいつ良かったな」って思えるんですけど、社会人野球を見に来る人たちは、多分そこ(怪我をしてリハビリを頑張ってきたこと)を知らないんですよ。


森田

熱狂にはストーリーが必要ってことですね。


福井

そうです。だからトヨタイムズスポーツの活動が大事だと思うんです。それを見てきた人は、より熱狂できると思うんですよ。

これまでもトヨタイムズスポーツに出演して、社会人野球の魅力や試合の見どころを伝えてくれた福井選手

これまでもトヨタイムズスポーツに出演して、社会人野球の魅力や試合の見どころを伝えてくれた福井選手

森田

我々の果たす役割は非常に大きいというわけですか。


アジア大会がこの先ありますけど、確かにあまり知らない選手が出場しても、なかなかストーリーを感じづらい。だけどその選手たちにも絶対ストーリーはあるじゃないですか。


それをみんなが知ることが、この空間に来て熱狂するためにすごく必要ってことですね。


佐竹

僕は3つ要素あると思っていて、まず高校野球がなんでこんな盛り上がるかというと、郷土愛みたいなものがあるんですよ。


自分の地元を応援するというのは絶対ありますよね。全然(通っていた学校とは)違う高校でも、自分の出身地のところが勝っていたら気になる。これは社会人野球とか大学では無い。


「(社会人野球だったら)豊田市がある」というと、じゃあ豊田市のトヨタ自動車に関係ない人が、すごく気にしているかといえば…?

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もちろんメディアに出ていないからということもあります。まずスタート地点で全然認知度が違うということは1個あります。


それから高校生にはドラマがある。(大学・社会人に比べて)やっぱりメンタル的には幼いので、それこそ応援の力がもろにプレーに出ちゃうんですよ。


もう1個は、僕らめちゃくちゃ熱量高くプレーしているんですけど、それを制限されることがあるんです。


例えば都市対抗で逆転ホームランを打ちました。自然とみんなブワーってベンチを飛び出すじゃないですか。でも「戻りなさい」と指示される。


福井

ルールですね。ハイタッチは(ベンチの)中でしなさいと。


佐竹

それを見て「なんでみんな盛り上がらないんだろう」「ベンチから出てこないんだろう」と感じてしまうと思うんです。そこはぜひ、今後考えていただきたい部分です。


ファーストのランナーコーチがセーフとか(ジェスチャーする)。もう必死にやっているんで、セーフになりたいじゃないですか?バッターランナーも、ギリギリのタイミングでセーフとか(ジェスチャーする)。あれ自然に出てるんですよ。それも注意されます。


誰も審判への敬意を欠いているつもりなんてないんですよ。気持ちが入っているだけなんです。もう少し大らかに受け入れられるといいなと思っています。


2023年のWBCで、村上(宗隆選手)がメキシコ戦で打って、周東(佑京選手)が帰ってくるとき、みんなベンチを飛び出す。あれが1番絵になるじゃないですか。


あんなスーパースターが、あれだけ日本のために頑張って、サヨナラ勝ちにみんなが出てくる。観ている側からすると「ありがとう」、感動じゃないですか。


森田

そういう意味では、熱狂に秩序はいらない?


佐竹

いらないです。だって逆転サヨナラホームラン打ったのに、チームメイトがみんなベンチに座ってたら、応援している方も「はぁ?」ってなっちゃうでしょ?


森田

佐竹さんは感情のコントロールどうですか?

佐竹

僕は言ったように、イライラしているなとか怒っているなと思ったら、わざと怒っている顔をして、相手に「怒っているな」って思わせるようにしていました。そこで相手の裏をかきたい。


抑えようとするんじゃなくて「イライラしているように見せたら相手も考えてくれるかな」って。


いったん冷静になっています。


僕は自分1人では何もできないと思っているんで、巻き込もうとします。それこそ演じて観客やチームを巻き込む。


森田

もしかしたら最後の熱狂は、コントロールして生み出せる人もいるかもしれないですね。


佐竹

そうですね。僕は引退のとき1個だけミスしたことがあって、(グラウンドに)出ていくのが早過ぎたんですよ。


僕が出てウワーってなったときにアナウンスされたんですよ。ちょっと早過ぎたって思いました。


森田

そうですね。アナウンスの前に19番が見えていたんですよ。


佐竹

あれには裏話があって、19年の都市対抗のときは次の回から投げるって決まっていたのでベンチにいたんですよ。ベンチにいたから、タイミングを見て出て行けたんですよ。


24年のときはピンチでの登板だったんで、ずっとブルペンにいたんです。そこで「行くよ」って言われてから出て行ったので、アナウンスの状況とかが分からないんですよ。


それで、パッと出て行ったら早過ぎた。


これは(終わった試合なので)関係ないかもしれないですけど、僕が抑えても、打たれても、もう絵になる状況だったんで、どっちでもいいと思いましたね。抑えたら抑えたで絵になるし、打たれたら打たれたで、それで引退という場面、打たれて負けましたも絵になるなと思っていたから、何の緊張もなかったです。

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福井

すごいです。


佐竹

でもこれは、僕も20代後半ぐらいから、こうやって考えたら自分は良いパフォーマンスができるんだと学んだから。

熱狂の場は甲子園から都市対抗野球、そしてアジア大会、アジアパラ競技大会へ


森田

なるほど。究極は気持ちをコントロールすることだけども、ただそれでも感情が爆発する瞬間に人々は熱狂するというのは、なんとなく今日の話から見えたと思っています。


ということで、甲子園のあとは都市対抗。佐竹さんにとっては、熱狂させる側として非常に大事な、観客に熱狂してもらうための場づくりをやっていますが、応援に来た方には熱叫シートで熱叫してほしいです。


このあと大舞台が2つ控えている福井選手は、熱狂という観点でいくと、まず都市対抗はどんな大会にしたいですか?


福井

これはチームの全員が言っていることですが、去年、一昨年と1回戦2回戦で負けてしまって、負けると何も残らないということをすごく感じることができました。まずは勝つことが、当たり前なんですけど、熱狂とかも含めて、いろいろな人に勇気を与えられるかと思いますので、まず勝つ。


そこが一番大事なのと、あとはチームとしても今年はすごく変化点が多かったので、そういう意味では、チャレンジの場。お祭り騒ぎで、やれることは思い切ってやろうと、チームとしても言っているので、あまりこれまでの、23年の優勝とかにとらわれず、新しい形で挑む都市対抗になるんじゃないかなと思います。


森田

日本代表として戦うアジア大会はどうですか?


福井

初めて出るので、佐竹さんもそうですけど、嘉陽(宗一郎)さんとか渕上(佳輝)さんとか経験者は「アジア選手権とは正直全然違う」という話をされるので、そういう意味ではすごく楽しみです。


32年ぶりの日本開催で、前回の日本開催(広島)では日本が優勝したという実績があります。アジアの頂点を取れる機会なんてそうそうないと思うので、それを日本で、また愛知で成し遂げられたらいいなと思っています。


森田

日本開催では負けてないわけですからね。今回も負けられないですね。


福井

そこは結構プレッシャーかけられています(笑)。

森田

しかも侍ジャパンは社会人野球代表ですけど、海外のほかのチームはプロで来るんですよね?


佐竹

韓国はメジャーリーガー以外(のプロが出てくる)。だから日本で言うNPBのオールスターで来ます。


韓国のサポーターがめっちゃ来ますね。相手の方が多いんじゃないかと思っちゃいます。


森田

そういう意味では。韓国も負けられない。その熱狂に負けちゃいけないわけですね。


佐竹

これで日本の社会人野球が韓国や台湾に勝つってすごいことなんです。


森田

そうですよね。そういう価値ももっと伝えていかなきゃいけないですね。


佐竹

「社会人野球ってすごいんだ」って思わせることも、社会人野球がこれから盛り上がっていく1個のきっかけになるので、だから絶対優勝してもらわなきゃいけないですよね。僕がやり残したのはそれだけ。後輩に託しました。

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森田

そうか、金メダル取れずに(引退)。


佐竹

そうです。


森田

やり残したことをぜひ。32年ぶり金メダル。愛知・名古屋、トヨタの地元でやりますから。ぜひ、頑張ってください。


熱狂が生まれる特別な場所、甲子園。大会は幕を閉じたが、もう一度あの熱を感じたい人、見逃した人は、ぜひバーチャル高校野球で振り返ってほしい。きっと心が動かされるシーンを見つけられるはず。


そして、ここで生まれた熱を、今度は都市対抗野球、そしてアジア大会、アジアパラ競技大会へつなげてみてはどうだろうか。

出演者プロフィ―ル


佐竹 功年

1983年香川県生まれ。土庄高校(現・小豆島中央高校)、早稲田大学を経て、2006年トヨタ自動車硬式野球部入部。16年都市対抗野球では橋戸賞(MVP)を獲得する活躍でチームを初優勝に導く。その実績から現役時代は「ミスター社会人野球」の愛称で呼ばれる。24年に引退。現在は野球部の副部長を務める。トヨタスポーツ推進部所属。


福井 章吾

1999年大阪府生まれ。大阪桐蔭高校3年時に主将を任され、春の甲子園優勝。慶應義塾大学では21年に全日本選手権を、トヨタでも日本選手権を制すなど、高校・大学・社会人すべてのステージで日本一を経験。捕手として投手陣の力を引き出すだけでなく、高い統率力でチームをまとめ上げる。右投左打。人事部所属。


森田 京之介

1986年愛知県生まれ。トヨタイムズスポーツキャスター。2006年の甲子園観戦をきっかけにアナウンサーを志し、2010年テレビ東京にアナウンサーとして入社。スポーツ実況やNY駐在を経て、2021年にトヨタ自動車に転職。広報部に所属しながら、トヨタイムズのキャスターとしてスポーツを中心に取材を行う。

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森田京之介